CoC「異世界エレベーター」小説風リプレイ

【登場人物】
国分寺はじめ (日本人、女、38歳)
:高齢者ターゲットの結婚詐欺師。
 暴力窃盗系ではなく頭脳犯。変装道具は常に持ち歩いている。

若枝 緑 (日本人、男、25歳)
:ペンネーム=本名のラノベ作家。知識はあるが創作用。
 資料やネタ集め時に気づく・ひらめき力が鍛えられている。吉田のカフェの常連。

駒沢 ふわり (日本人、女、27歳)
:女。メンタルセラピスト。趣味の天文学で山に登っているので筋力があるが、やや不器用。
 若枝の著作タイトルは知っている程度。

吉田 ヨランダ (日本人、女、30歳)
:女。寂れた商店街で潰れそうなカフェを趣味半分でやっている。
 常連客の日常会話を盗み聞きする趣味で耳が良い。


 これは現代の日本を舞台とした、異世界を覗いた彼らの物語。


 昼前の日曜日。各々の理由があり、全くの偶然にしてばらばらに、彼らは淀屋橋カメラへやってきた。
 エレベーターで上の階へ行こうとしたところ、タイミングよくチーンという音と共に扉が開いた。
 彼らは全員エレベーターに乗りこむ。

 そうして、ゆっくりと、扉が閉まった。

 2-6階は電化製品売り場、7-8階はレストラン、9-10階が駐車場と一般的な家電量販店だった。
 若枝は、先に昼を済まそうと、7階を押した。
 吉田は、レストランの中にあるカフェの様子を見ようと8階を押した。
 国分寺は、旅行用品を見ようと3階のボタンを押した。
 駒沢は、望遠鏡を見ようと2階を押した。
 それぞれがそれぞれのボタンを押したところで、エレベーターは上昇を始める。
 そう、それはごく一般的な日常。
 上の階のボタンを押す。エレベーターが上昇する。
 そこまでは、確かに普通だったはずなのだ。

 はじめに異変に気づいたのは、2階という一番近い階を押した駒沢だった。
 2階のボタンは点灯しているが、2階に止まる様子がない。階数を示すランプが無情にも2階から3階へ移動した。
 次に気づいたのは、国分寺だった。自分の押した3階を通り過ぎるエレベーター。
 若枝と吉田もエレベーター内の空気に異常さを感じ始めたその時、4階を示すランプが点灯し、エレベーターが止まった。
 次の瞬間、彼らが押したはずのボタンのランプが、全て消えた。
 エレベーターのボタンは、通常であればその階に着いた時に消えるものだ。
 全員が固唾を飲む中、誰も手をつけていないのに、誰も押していないのに、それどころか近づいてすらいないのに、勝手に、2階のボタンが点灯した。

 止まったにも関わらず、開かない扉。勝手に点灯するボタン。異常な雰囲気にエレベーター内に、緊張した空気が流れた。

 最初に動いたのは駒沢だった。管理会社に連絡すべく非常電話のボタンを押す。
 すぐに聞こえてきた女性とおぼしき人の声に、少しだけ安堵する。
「どうかなさいましたでしょうか」
「すみませーん。エレベーターが止まってしまいました。こちらの場所分かりますか?」
「エレベーターが止まった?少々お待ち下さい」
 電話の向こうで調べる音がすると、答えはすぐに返ってきた。
「特に異常やエレベーターに不備はないようです」
 そんなはずはない、現に異常は起きているのだ、と駒沢は続けた。
「4階で停止している状態です。とりあえず出たいので指示をお願いできますか?」
「現在4階で停止しているエレベーターはありません。淀屋橋カメラ内のエレベーターは正常に作動中です」
「……では非常時のドアの開け方を教えてください」
「いたずらはおやめください」
 日頃からいたずら電話が多いのか、女性はやや怒り気味でそう言って通話が切れた。
 理不尽さにため息をつく駒沢。異常がないと言われても、こちらは事実4階で停止したエレベーターに閉じ込められている。
 その時、エレベーターがゆっくりと下へと動き出した。
 状態は飲み込めないものの、今の駒沢と女性のやりとりを聞き、国分寺は機械に強いだろうと、この中で一人男である若枝に視線を送っている。
 実のところ若枝の知識は、歴史や物理、オカルトに偏っており、機械に強い訳ではなかったが、結婚詐欺を生業とする国分寺にとって、男性は利用するもの、であったのだ。
 一方、若枝といえは、手際の良い駒沢のやりとりを見守っており、視線には気づいていない。
 吉田がスマートフォンを取り出し、外に電話をかけようとしたが、電波の強さを示す位置には「圏外」の二文字。

 そして、再びエレベーターが停止した。

 2階にいることを示すランプが点灯しているものの、相変わらず扉が開く気配はない。
 先程と同じようにひとりでに6階のボタンが点灯した。
 しばらく止まった後、またゆっくりと動きだした。

 異様な状況にいつまでも手をこまねいている訳にはいかない。
 扉の横には、駒沢がその前で非常電話で会話をしていた操作盤。
 反対の扉の横には壁紙がマグネットで止まっていた。
 左の壁には広告、右の壁には各階の案内板、後ろの壁の右下の方には、防災キャビネットが設置されていた。
 天井を見上げると天井救出口が見えるが、大人が手を伸ばしても届きそうにはない。
 駒沢はふと操作盤の違和感に気づいた。非常電話に目を取られていたが、操作盤が何か違和感がある。
 押した時は確かに1階から10階があったはずのボタン列と違う…?
 勝手に点灯するのはもう分かった。では、何が違う?

 [地獄][10][9][8][7][6][5][4][3][2][1][天国]

 10階の上に地獄、1階の下に天国が増えている。
「……」
 彼女は非常電話の対応やボタンの表示から、この状況自体が何かのドッキリ企画ではないかと疑い始めた。
 おもむろに2階のボタンを押すも、手応えこそ普通のボタンだが点灯する様子もない。
 国分寺もインターネットでエレベーターの緊急時の開け方を調べようと、吉田と同じくスマートフォンを取り出したが、同じく「圏外」の二文字にそれをしまう。
 男性に頼ろうと若枝に話しかけるタイミングを窺っていたが、吉田が彼に話しかけるのを見て口をつぐむことにした。
 エレベーターに乗った時はお互いに気づいていなかったが、この状況下で4人。見知った顔がいることにやっと気づいた。
「若枝さん、これ…何が起きてるんですかね…」

 再びエレベーターが停止した。

 6階にいることを示すランプが点灯しているものの、相変わらず扉が開く気配はない。
 先程と同じように2階のボタンが点灯し、そのまましばらく止まった後、ゆっくりと動き出した。

「あっ吉田さん、これ止まってるわけじゃないですよね、故障かな……故障にしてもおかしいけど…」
「ボタンの表示が変ですよ、このエレベーター。天井の非常口、これ、肩車したら届きませんかね…?」
「肩車ですか、もしあけられたら、エレベータの外で何が起きてるか見ることができますかね……表示?」
 操作盤の前にいる駒沢は、2階に着いたところで「開く」ボタンを押すタイミングを見計らっていた。
 それぞれの動向を見ていた国分寺だが、ふと、ボタンをもっと連打したらどうなるか、と思い、操作盤に近づいた。
 吉田、若枝、国分寺がそれぞれ操作盤に近づいて来たので、駒沢は無言で場所を譲った。
 [地獄][10][9][8][7][6][5][4][3][2][1][天国] さきほど駒沢が見たのと同じ表示を3人は目にした。
「天国とか地獄とか、こんな表示もともとありましたっけ?」
「天国と地獄? 家電量販店の天国と地獄って何なんだ……」
 声に出してつぶやく吉田と若枝に対して、国分寺は怯えていた。
(なんだこれ。きもい、早く降りたい)
 操作盤から一歩二歩と遠ざかる。
「さっきエレベータに乗ったときからこんな表示だったか…?」
 若枝は確かに1階でエレベーターに乗り込んだ時に、普通の操作盤を記憶していた。
 吉田はポチポチと1階のボタンを押すが、駒沢が押した時と同じように、ボタンが点灯する気配もなかった。

 操作盤から目を逸らした国分寺が、壁の広告に目を留めた。操作盤を押している吉田以外は、それに釣られて振り向く。
 それは宗教勧誘の広告だった。
 誰もテレビや週刊誌で見たこともなく、特に話題になった記憶もない宗教。
 しばらく貼りっぱなしなのか、端が少しめくれているその広告には「入信すれば出られる。入信しないなら潰れる。入信希望者はここに名前をご記入ください」と書いてあった。
 エレベーター内には、エレベーターが駆動する音だけが響く。
 これからどうするか、と佇む一同の中で、若枝がふと気づいたようにエレベーター備え付けの防災キャビネットを開けた。
 中にはラジオ・救急用品・水・ホイッスル・簡易トイレ・ブランケットという、ごく一般的な防災用具が入っていた。

 再びエレベーターが停止した。

 ランプは2階を示している。
 今度は10階のボタンが勝手に点灯し、しばらく止まった後、またゆっくりと動きだした。

 駒沢は、メンタルセラピストという職業柄、他の3人の様子が気になっていた。
 全員、今のところは、まだ平静を保ってはいるが、いつ助けが来るともしれない狭い空間に閉じ込められれば、人の不安は増していく。
「若枝さん…これ、やっぱりどう考えてもおかしいですよね…」
 吉田が不安げに若枝に話しかけた。唯一の知り合いである二人は比較的話すことで落ち着きを保っているようにも見えた。
 若枝もうなずく。
「ですね…。4階→2階→6階→2階で、次は10階…?」
「なんとかして、ちょっと天井の救出口、開けてみられないですかね…?」
「肩車してみます?」
 二人の会話を聞きながら、国分寺は広告の端がめくれているのが気になっていた。
 あからさまににめくった跡がある。
 しかし、あからさま過ぎないだろうか…。
 妙な不安感を感じながらも、国分寺は恐る恐るその端をめくった。
 「入信したら逃げられない」
 ぞくりとした。
 目に入ったのは、真っ赤な文字。
 全身に悪寒が走り、冷や汗が出る。脈拍が上がる。これは何かがまずい、と本能が告げていた。
 しかし、「入信すれば出られる」という表の記載が頭をちらつく。
 出るという点に限れば、表が魅力的にも見える。しかし、裏を見なければ気づくことのできないこの「逃げられない」という文字の意味とは。
(そうだ自分が書かなくても誰かが書けばいいんだ)
 そう思い、国分寺はその真っ赤な文字に関しては誰にも告げないことを決めた。
 誰かが書いてくれさえすればいいのだ。自分以外の誰かが。その誰かがどうなるのかを見れば良い。

 そんな国分寺を知る由もなく、吉田と若枝は天井の救出口を開ける相談を続けていた。
「若枝さんの方が体力ありそうなので…良ければ土台になっていただけないかと…」
 若枝の他は女性なのだ。ましてや知り合いでもないので頼みづらかった。
「それはもちろんです。……吉田さん乗ります?」
 若枝がしゃがみ込み、吉田が若枝の肩に乗る。バランスに気をつけながら若枝が立ちあがり、吉田が救出口の取っ手に手を伸ばした。
 その瞬間、劣化した音声、ラジオからの声がエレベーターに響いた。
 驚いた吉田は動きを止めた。
 見ると、駒沢が防災キャビネットのラジオのスイッチを入れていた。
 駒沢自身もラジオのスイッチが入ることに驚いているようだった。全員がその音に耳を傾ける。
 その内容は、異世界へ繋がるエレベーターについて、だった。
 パーソナリティが送られてきた葉書を読み上げる。
「これは、僕が聞いたエレベーターに関する都市伝説の話です。
 まず、一人でエレベーターに乗って、4階→2階→6階→2階→10階の順で移動します。
 その間に、誰か乗ってきたら失敗します。10階に着いたら、そのまま降りないで、5階を押します。
 5階に着いたら、若い女が乗ってきますが、話かけてはいけないそうです。そのまま、1階を押します。
 するとエレベーターは1階に降りた後、一気に10階に上がっていきます。
 1階から10階へ上がる間、別の階で止まると失敗してしまうそうです。
 10階についたら、異世界へ行けるらしいです。
 僕は、実験するの怖いので、誰か実験お願いします」
 パーソナリティが「自分で実験してこいよー」と明るい口調で茶々を入れ、エレベーターに関する豆知識を話し…ぶつっ。
 その途中でラジオの音は途切れた。
 電源の入っていることを示すLEDランプもついていない。どうやら、電池切れの様だった。
「手の込んだドッキリだねー。10階で降りて、それで?」
 駒沢はこの事態を、ドッキリイベントだと捉えていた。聞こえてくる内容が都合が良すぎる。
「でも僕ら一人じゃないですよ…このエレベータがそれだなんて、まさか」
 ラジオの都市伝説はエレベーターに一人で乗る、この状況とは異なると若枝は言った。
「ひとりじゃないから、大丈夫だよね」
 国分寺は小さくつぶやいた。そのつぶやきに反応して、若枝が「ですよね…!」と同意する。
 だがここまでのエレベーターの移動は、4階→2階→6階→2階、次に10階に向かっている。何者かによって都市伝説をなぞるかのように。
 ラジオが再びつかないか調べようと覗きこんだ駒沢だったが、運悪くそのままバランスを崩して頭を打った。
「あいたっ」
「だ、大丈夫ですか?」
 上に吉田を乗せている若枝は、首だけ動かして駒沢を見る。
「こ、転んだだけです! 大丈夫です!」
「あの…ちょっと脱出口開けてみますね…」
 吉田は脱出口に手をかけたが、若林がそれを制した。
「でも頭を……吉田さん、ちょっと待って」
 吉田を一度下ろして、若枝は駒沢の頭を診る。医学の専門家ではないが、小説で調べた分知識があり心配性であった。
 幸い駒沢の頭は少したんこぶができた程度で、切り傷の類は見当たらなかった。
 若枝が再び吉田を持ち上げようとした時、何かに気づいた若枝と、タイミングが致命的に合わなかった吉田が盛大にバランスを崩した。
 幸いに立ち上がっていなかったため、どこかを打ったということはないが、吉田の下着が残り2人の目に晒された。
「お気になさらず…」
 とは言うものの、顔を赤くする吉田。申し訳なさそうだが、同じく顔が赤い若枝。
 だが国分寺はそれよりも、扉の横の壁紙がマグネットで止まっているのが、一度剥がれたものをもう一度留めようとしているのだということに気づき、そちらに目を奪われていた。
 あれは、明らかに何かがある。だが、めくれている広告をめくって真っ赤な文字を目撃したのは他ならぬ国分寺だ。あの謎の悪寒。もう触りたくない、無駄な行動を起こしたくない、そうとしか思えなかった。
 国分寺の視線に、若枝と駒沢も壁紙の不自然さに気づく。
 しかし今はそれよりも天井だ。あそこが開きさえすれば、エレベーターが停止したタイミングで外に出られるかもしれない。吉田を再び肩に乗せ、立ち上がる。
 天井の取っ手に手をかけた吉田は、そのまま救出口を開く。扉は少しガコッと引っ掛かりをみせたが、そのまま上に開いた。
 救出口の扉の向こうに広がる、真っ暗なエレベーターシャフト。目が慣れてくると、ゆっくりと上昇する自分たちの乗るエレベーターの上に、ナニカがいた。
 徐々に鮮明となる冒涜的な姿。肉のついていない無数の足に支えられた青白くふくらんだ楕円形の「ソレ」は、ゼリー状の目をまばたきもさせず、エレベーターの中をじっとみつめていた。
「うわああああ」
 冒涜的。ありえない。自分の知っている世界にいるはずもないもの。脳が認識してはいけないと叫ぶ。だが目はその姿をしっかりと捉えて離さない。吉田は悲鳴を上げる。
 脳がぐるぐる回るように混乱をきたしていた。だが目が逸らせない。
 こわい。きもちわるい。おそろしい。 りかい、 できない。
 下の若枝からは外の様子が見えないが、吉田の違和感に気づき声をかける。
「吉田さん? どうしました?吉田さん?」
「……どなたですか…?」
 呆然としたような、意識の定まらないような、そんな声で吉田が答えた。
「えっ?」
「…!? なんで私の股の間にいるんですか!??!?おろしてください!!!!」
「えっあっあの、吉田さん?」
 慌てて若枝が吉田を下ろそうとしゃがむと、救出口の扉がその勢いで閉まる。
 吉田はその刹那に、暗闇の向こうの怪物の顎が、自分の腕があったところを掠めるのを虚ろな目で捉えた。
 ガギンとエレベーター内に音が響く。
 駒沢が明らかに様子のおかしい吉田に急いで近寄った。
 若枝は「冗談言ってる場合じゃないですよ」と、吉田に言いかけたが、明らかに様子のおかしい吉田と緊迫した駒沢の動きに声が出なかった。
 駒沢が吉田に呼びかけ、簡易的なメンタルセラピーを行おうとするも、取り付く島もなく吉田が叫ぶ。
「何なんですか!?寄ってこないでください!」
 パニックになりながら、若枝から離れる。
 明らかに知らない人物を見た時の目。
 自分が分からない。ここが分からない。彼女たちが分からない。何が、ナニカ、分からない。
「えっえええ……」
 恐怖なのか混乱なのか、ともかく彼女をこうさせたナニカがあの上にあるというのだろうかと、もう閉じた救出口の扉を見つめる。
 駒沢は、恐怖で一時的に記憶が飛ぶ事例というのには心当たりがあった。自己防衛機能の一種だ。治療には長くて半年、短くても数ヶ月はかかる可能性がある。彼女を含めて、自分たちは早くここから出なければ。
 ふと、エレベーターの各階案内板が目に止まった。
 よくある案内板だ。そう、2-6階は電化製品売り場、7-8階はレストラン、9-10階が駐車場と一般的な家電量販店の案内板……。

====案内板===
地獄:ふわっと一瞬でいけます。
10:降りちゃだめ
9:止まりません
8:止まりません
7:止まりません
6:もう逃げられないよ
5:お客さん
4:ようこそいらっしゃい
3:止まりません
2:2回止まるよ
1:出入り口
天国:残念さようなら
==========

 おかしいのは明らかだった。違う。確実に何かが違う。
 こうなったら仕方がないと駒沢は腹をくくる。何かヒントがないかとマグネットで留めてある壁紙を剥がすことにした。
 そっと壁紙をめくる。そこには少し下の位置にドアがあった。
「みんな案内板見て! あと壁の下にドアがあります!」
 エレベーター内の同行者に呼びかける。
 若枝と国分寺は、その声に案内板に目を向ける。
 ドア、と聞いて国分寺がそちらに目を向けた。
 駒沢はドアを開けようとするも、鍵がかかっているのか、開かない。
「あっ、鍵かかってる」
 ドアをいじってみるものの、駒沢がどうこうしたところで開きそうにはなかった。
 国分寺は鍵開け技術は持っているものの、案内板の内容を考えていた。最初の経験から、自分からは積極的に動きたくないようだ。
「男性の方、ここ開けられませんか?」
 ドアの前から体をどかせて後ろを振り返る駒沢。
「僕ですか? 鍵がかかってるんですよね?」
 促されてドアの前に来てドアを揺すってみる。確かに鍵がかかっている。
「それより書かれている事気になりませんか?」
 今10階に向かっているなら…と、若枝は吉田の様子を気にしつつも案内板を差す。
 ドアから離れて案内板を眺めて、駒沢も考える。
「降りるなら……うーん」
「降りるならどこでしょうね」
 国分寺が問うた。
「さっきのラジオだと、2階から10階に着いた後に5階を押すって言ってましたけど、でもそもそもエレベータに乗っているのは一人じゃないし…」
 若枝がそう言った時に、ちょうど10階でエレベーターが停止した。
「ボタンは押せるのかな」
 操作盤に歩み寄った国分寺。ボタンを押そうと手を伸ばすと、またも勝手に5階のボタンが点灯し、しばらく止まった後、ゆっくりと動きだした。
「え、5階? 今あなたが押して反応しました?」
 若枝からは国分寺が5階のボタンを押したかのように見えた。ラジオの再現になる。
「お、押してないです。ますますラジオと同じになってきましたね」
「そうですね、さっきのラジオは異世界に行くための方法でしたよね…。そしてエレベータはたしかにこの案内板と同じように動いている…。異世界…?」
「ふぇーーー」
 三人のやりとりを見つめていた吉田が少し落ち着き始めているのを見て、駒沢は吉田にそっと歩み寄った。目線を合わせるようにかがむ。
「どうしました? お話聞きますよ?」
「なんだか今ちょっとぼんやりしていまして…」
 駒沢の言葉に吉田は徐々に元の調子に戻り始めているようだった。
「このエレベーターって、まだ閉じ込められたままなんですよね…?勝手に動いたままで…?」
「うんうん、ぼんやりしてたのね。まだ閉じ込められたままですね。私は駒沢といいます。あなたのお名前は?」
「あっ吉田さん大丈夫ですか、僕のことわかりますか?」
 駒沢に反応を示した吉田に気づき、若枝も声をかける。
「吉田ヨランダと申します。駒沢さんですね。あと、あちらの男性は私の知り合いで、若枝さんという方です」
「よろしく、吉田さん。さっき肩車してみて、どうでした?」
「そうだ、そういえば、奥に何か変なものが見えた気がして…。どうもぼんやりしているので、見間違いかもしれませんが…」
「変なものが見えたのねー」
 頷きながらも、駒沢は吉田の供述は記憶の混乱の一部だと思っていた。
 名状しがたきものが、自分たちの真上にいるなどと、そうそう思えることではない。
 国分寺は、
(見ただけで様子がおかしくなるほどのモノって何があったんだ。こわいこわい)
 と、内心思いながらも口をつぐんでいた。
「なんかぶよぶよしたような…?生き物…?違うかもしれませんが…」
 恐怖と狂気は伝染する。あまり語らせない方がいい、駒沢はそっと話題を逸らす。
「それは変なものですね。早くここから出たい?」
「出たいですよ!このエレベーター、天井の非常口以外に、外に出られる方法はないでしょうか…?」
「さっき下にドアがあるのは見たんですよ」
「そのドアから外に出られないでしょうか?」
「私は駄目でした。他の方はどうです?」
「あのー、ドアを少し見せてもらっていいですか」
 国分寺が手を挙げた。天井を再び開けると誰かが言い出す前に動こうと思ったのだ。
 鍵に手をかける国分寺。自然と全員の目がドアに集中する。
「あきました」
「すごーい」
「あいた!」
「えっすごい」

 全員が注目する中、解錠されたドアがそのままキィと開いた。
 それぞれの目に映る そこには、 ぎっちりと

 人 人 ヒト ヒト ヒト ひと ひと ひと ひと 。

 ある人は、ぐちゃぐちゃに、ある人は、肢体がバラバラに、ある人は形もわからないほどに血なのか、肉なのか、ソレを見ただけではわからない。
 酷い悪臭。
 目を覆いたくなるほどの無残な肉塊。
 押し込められるだけ押し込められたソレラは、自分の行く末を感じさせ、恐怖を抱かせるには、十分なものだった。

「何これ!?」
 吉田が叫んだ。
「うわあぁぁっ」
 若枝と駒沢も悲鳴を上げる。
 狂気から立ち直ったばかりだった吉田がよろけ、前のめりに転んだ。
「ギャアアアア!!!」
「吉田さん!?」
 若枝が吉田の肩を掴むも、勢いに引きづられ、彼も吉田と一緒にドアの内側、肉塊の部屋に踏み込んでしまった。
「グロは駄目です! グロは駄目です! うわああああああああん」
 駒沢が叫びながら、エレベーターの扉をこじ開けにかかる。しかし扉はびくともしない。
「すみませえええん。ギャアアア」
 謝りながら叫ぶ吉田。
 国分寺は中を見て呆然としていた。何故か分かる。
 ここにある死体は、高いところから落ちる等して強い衝撃を受けて死んだということが理解できた。自分たちもこのエレベーターに乗っていると、いずれこの死体と同じ末路を辿るということが、何故か理解できた。
 広告の裏を見た時と同じような不快感が背中を駆け上がる。正気を手放したい気持ちをすんでのところで堪えた。
 エレベーターの扉が開かないことに涙目になりつつも、そんな国分寺の背中を振り返る駒沢。
 その時、部屋の中から若枝が声を上げた。
「お?」
 遺体の間に、何か光るものが見えた。遺体に触れないよう、若枝が恐る恐る引き抜いてみると、それは電源が入ったままのスマートフォンだった。
 画面には、「アイホートの申し出を拒否するならば、アイホートは、その者を強打して殺してしまうでしょう。また、アイホートの申し出を受け入れるならば、その者は、アイホートの雛を埋め込まれてしまうでしょう」という文章があった。
 画面に触れると、更にスクロールできることに気づくと、ためらわずに続きを読んだ。
 「雛を取り除く呪文」そこに記されていたのは、ファンタジー小説でしか目にしたことのないような内容だった。
 この呪文には一定の詠唱時間が必要であり、詠唱者は《正気》を代償として支払うこと。呪文の使い手および、この呪文を知っている他の者は、その力を自分の許容範囲内で制限なく使えること。その力と雛を植えつけられた日数が勝敗の判定基準であり、呪文が勝った場合ただちに雛は除去できるが犠牲者は《正気》を代償として支払うということ。この呪文の習得にはその者の知識が重要となること。
 そんな説明と共に、その「呪文」が記されていた。
「何ですかね、これ…」
 自分だけが知っていてどうにかなる内容ではない。口頭で伝えるほど理解できる内容でもない。若枝は、その部屋から手を伸ばしてスマートフォンを外に渡す。
 一番近くにいた国分寺がそれを受け取って、促されて画面を見た。
 書かれていることは理解はしたが、呪文、代償という馴染みのない言葉に、理解が追いつかない。
「若枝さん!懐中電灯がありました!」
 吉田が声を上げて懐中電灯を掴んだ。
「とりあえずエレベーターの中に戻りませんか?ここは気持ち悪くて…」
 吉田に頷いて、若枝は二人でその異様な空間から這い出した。
 その時だった。

 再びエレベーターが停止した。

 ランプは5階を示している。
 今度は1階のボタンが勝手に点灯し、しばらく止まった後、またゆっくりと動きだした。

 動き出したエレベーターの中で、たしかに違和感を感じた4人。
 4人?
 国分寺は、ゆっくりと人数を数えた。
 1、2、3、4、そして自分。
 そう…いつのまにか、一人増えている。
「!!!?」
 声にならない悲鳴を上げた。
 エレベーターのちょうど中央に、真っ白な服を着た美しい女性が、じっと天井を見つめたまま佇んでいた。
 全員と初対面とはいえ、さっきからこれだけの状況を共にしている。それに、さほど人数が多いわけではない。
 どう見てもその女性は、ついさっきまでここには存在していなかった。
 いきなり人が現れるという異様な状況を目の当たりにし、国分寺、吉田、駒沢は息を飲む。
 背中がゾクリとした。心拍数が上がる。 これは、 一体、 なんだ。
 若枝はというと、オカルト知識があるからか、先程の部屋ほどのインパクトがないからか、まだ平静を保っていた。
(これが話しかけてはいけない女性…?)
 先程のラジオの内容を思い出す。
 国分寺も同じことを思ったのか、すぐに女性から目を離す。絶対に声をかける気はない。
「この方、いつの間にエレベーターに入ってきたんですか!?」
 自分がエレベーター内が見えない間に入ってきてたのかもしれないと、国分寺と駒沢に吉田が尋ねる。
 国分寺は首をかしげて、サァ?という身振りだけで答えた。
 若枝は女性をまじまじと見つめた。
 血色の無い肌。まるで血が通っているように見えない。
 生きている人間ではない。
 そこに確かに佇んで天井を見上げているが、目の前の女性は、すでに生きている人間ではないということに気づいてしまった。
 吐き気にも似た感情がこみ上げる。
 生きていないなら、何故、彼女は立っている?何故そこに存在している。
 そんな若枝の様子も露知らずに、駒沢は既に殴りかかるモーションに入っていた。
(話してダメなら、物理で殴る!)
 駒沢なりの解決スタンスだった。
 大した手応えもなく、女性の腹が、人間にしては、いともたやすく裂けた。
 そこから無数の虫のような「ナニカ」が湧き出してきた。
 「ソレ」はまるで虫のような、クモのような生き物にも見えたが、その場の全員、それがまったく別の「ナニカ」であると認識していた。
 殴りかかる駒沢を見ていた吉田と、殴りかかった駒沢自身は、それに気づいてしまった。
 女性の「ナカミ」が、からっぽだということに。
 骨も肉もない、「ナニカ」が抜け出してしまった女性は、ただの皮と化してしまっている。
 今までどうやって立っていたのか、これが詰まって人の形を成していたのか。
 考えたくないのに、そんな事ばかり見てしまう。女性の抜け殻を凝視してしまう。
 吉田の呼吸が荒くなる。血と内臓が出てくるのに比べてたらまだマシだと自身に言い聞かせる駒沢。
 だがそれ以上考える暇もなく、女性の腹から湧き出してきた小さなソレラは、全員に襲い掛かかってきた。
 この世に存在しない、してはならないものだということを全員が理解してしまっていた。理解させられた。
「ひぃぃぃぃ」
「ギャーーーーーー」
「ひっ」
 声をあげて、壁際に後ずさる者、その場で走りまわる者。だが容赦なくソレラは、全員に噛み付く。肉や骨を齧られる感覚。
 悲鳴というのは自分を保つための一つの手段なのかもしれなかった。こんな感覚は、拷問に近い。発狂してしまえば楽になるのだろうか。

 中の状況に容赦なく、再びエレベーターが停止した。

 ランプは1階を示している。
 今度は10階のボタンが勝手に点灯し、しばらく止まった後、またゆっくりと動きだした。

 ラジオの言う事を信じるなら、この10階が最後の行き先だ。
「1階から10階…の間で止まると失敗……異世界に着くのを失敗したほうがいいのか成功したほうがいいのか、っていうか痛い」
 叫ぶのを堪えて若枝が唸る。
 何故そう思うのか、自分でも釈然としなかったが、広告に名前を書けば、この虫のようなナニカに食い殺されることは防げるかもしれないことに唐突に気づいた。気づいたが、国分寺はあの文章を思い出す。あれに頼りたくはない。
 だがあれ以外にこの状況を脱する術がなかったら?
 今はともかく、この拷問のような現状を打破することが先だった。
 何か、何か有効なものは…、鞄の化粧ポーチが目に入った。除光液はどうだろう。考えている時間はない。ビシャリとナニカに液体をかける。だが死ぬ気配も、嫌がる気配も見せなかった。
 全員が踏み潰そう、叩き潰そうと暴れ回るも、その足や手は空を切る。
 一度離れたナニカは、また齧りついてきた。小さすぎて避けることもできない。
 肉体的な痛みと、精神的な痛みが同時に襲ってくる。一番メンタルをやられているのは吉田だった。先刻同様、いつ正気を失ってもおかしくない、と駒沢は思った。なんとかしなければ。
 正気を失った人間の行動は千差万別だ。吉田は一時的に記憶の混乱が見られたが、次は自殺衝動が現れるかもしれない。最悪の場合、この自体ではなく、吉田に全員が殺される可能性だってあるのだ。
 気が狂いそうになりながら、国分寺と吉田の二人は、ラジオの最後、途切れる前に言っていたことをふと思い出した。
「エレベーターに関する豆知識をひとつ。エレベーターのボタンを5秒以上長押しすると、キャンセルすることができるんですよ」
 ボタンを押すしかない。国分寺はそう思った。キャンセルしたからと言ってなんなのかは分からないが、もうこの状況が変わるのであれば何でも良かった。
 だかナニカが大量にいて操作盤まで辿りつけない。
 エレベーターは10階へ向けて相変わらずゆっくり上昇を続けていた。
 駒沢は半泣きでひたすらナニカを殴っている。
 若枝は触りたくないとばかりに、懸命に踏みつける。踏みつけるというよりももはや地団駄に近い。
 吉田もぶちぶちとナニカを潰していく。
 国分寺はライターを取出し、ナニカを炙ろうとしたが、その手を齧り返される。血まみれに近かった。
 生きて帰れても入院覚悟だなぁ…と、現実逃避のように考える。
「半分以上倒してますよ、これいけますよ!」
 正気なのかもう正気ではないのか、自分を確かめるように、ナニカを潰しながら吉田が叫ぶ。
「いけても10階に着いたらそのあとどうなるんですかね!」
 若枝も叫び返した。
「それはまあ、その時考えましょ!!」
 各々齧られながら潰す異様な光景が広がっていた。自分たちの血とナニカの体液が散らばる。
 どれくらいの間格闘し続けたのだろう。その場に動くのは、自分たちだけになった。散らばるナニカの死体。
「やった…」
 血まみれで国分寺がつぶやく。
 見上げるとエレベーターの階数表示は9階から10階に移動中であった。通常のエレベーターよりも移動速度が遅いため、後どれくらいの時間が残っているのかは分からない。
「全部潰したんじゃないですか?!やった!!」
 喜ぶ吉田も国分寺と同じくらいに皮膚は裂け、己の血にまみれていた。
 国分寺がよろめきつつも操作盤に駆け寄った。10階のボタンが点灯している。
「何階?どこ押したらいいんだろう」
 その様子を若枝と駒沢が不思議そうに見る。何度もボタンを押しても無駄だったのは見ていた。
「そうだ、ラジオで、エレベーターのボタンって長押ししたらキャンセルできるって言ってたんですよ!長押ししてみてください!」
 吉田が叫んだ。
 知っている。自分もそれを知っている。だが、どれを押せばキャンセルになるのかが分からない。
 ええい、ままよ、と国分寺は1階のボタンを押した。そのまま押し続ける。
「キャンセル…? 10階に行くまでに途中で止まったら失敗なんですよね…失敗って何にとっての失敗なんだろう。異世界に行く方法の失敗、だから、僕らにとっては成功…?」
 ラジオの「失敗」とは自分たちに取っての脱出を意味するのか、若枝はずっとそれを考えていた。
「外出れそうですか?」
 駒沢が声をかける。
「1階に止まるんでしょうか!?」
 吉田も不安げにつぶやいた。

 そして

 エレベーターは10階に止まらなかった。
 更に上昇を続ける。
 そして、ガタンッと音を立てたと同時に、「地獄」という階数表示と点灯した「天国」のボタンを全員は目にする。

 それを確認した一瞬の後、急な浮遊感を感じた。


 その後、彼らがどうなったのかは、誰にも分からない。
 ただ、その日の夜、エレベーターの落下事故で死者が出たというニュースが放送された。

 BAD END


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